北極30えもん34 | biko先生のマネー奮闘記

北極30えもん34

「第三話 激烈!M&A合戦」その9
「倫子ちゃ~ん!どうなった?栗えもんの件?」
「え?」
水上社長とハードジャンクインベスターズの西尻社長が雁首揃えて倫子に迫ってきた。ここのところ毎日、西尻は水上の社長室に入り浸っているようだ。二人で栗えもん対策をあれやこれやと相談しているらしい。よく見ると水上も西尻も顔色が青く、目の下に隈が出来、やつれている。もしや社長室に泊まったのか?そういえば男の饐(す)えた臭いが漂ってくるようだった。
「いっそ殺し屋でも雇ってしまおうか」
視線の定まらない西尻がそう呟いた。よく見ると瞳孔まで開いていしまっている。
「やめて下さいよ西尻さん。大昔の商社の売り込み合戦やゼネコンの談合工作じゃないんだから。たかだか株のやり取りで殺しなんて、笑われますよ」
と倫子が言うと
「そうだね。僕達の仕事はマネーゲームだもの、またチャラにしてやり直せばいい。ははは、ひひひひひひひひひ」
ネクタイは緩み、髪も乱れ、目は血走っていた。既に狂気が宿っているのは明白だった。その狂気の表情を突然強張らせ、西尻は倫子に懇願した。
「倫子さん。栗えもんにもそう言ってよ。あいつ本気なんだよ。本気で僕を潰そうとしてる。これはゲームなのに。ルール違反だよね。だってゲームなんだからゲーム版の中でしかやっちゃいけないんだよ。それをあいつ。ママに言いつけてやる。先生にも告げ口しちゃうぞ。栗えもんめ。栗野郎!もう、許さないんだから!こいつ!こいつ!こいつー!」
「やめろ!西尻!」
水上社長が叫び、壁に向かって頭突きを繰り返す西尻を頭から押さえ込んだ。既に西尻の額は割れ、トマトジュースを溢したように顔の表面に血が流れ出している。
「あっはーー!ひいいいいーーーー。栗えもんがーー、栗の奴が僕の大事な頭をーーー!!僕の東大より優秀な大学に行く頭を切ったーああああ!!」
もはやこいつは終わった。と倫子は思った。こいつらはゲームには強いものの現実世界ではからきし駄目なのだ。以前、ハードジャンク社のコレクターと言われる受付嬢から水上は大鮪(おおまぐろ)だと聞いたことがある。
「もう、寝てるんかと思っちゃったら、あそこだけぴんぴんしてるの。で、仰向けになったまま起きようとしないから上に乗ったら一擦りでドビャーっ。せめて舐めていかせてもらおうと思ったのに『気持ち悪い』だって失礼しちゃうわ!」
とファイストフード店で同僚の女子社員達に向かってコメントしていたのを憶えている。
それにしても西尻の言った「本気で潰す?」とはどういうことか?栗えもんも西尻と同種の人間の筈だから、マネーゲームの世界以外では何も出来ない筈だが。
「乙姫羅々子だ」
囁くように水上が言った。
「遂に闇の西太后が表舞台に現れたのだ」
乙姫羅々子。バイブモア社の西太后。黒衣好きの彼女にはダースベイダーのテーマソングが良く似合う。業界関係者は、栗えもんなど乙姫の操り人形に過ぎないことを知っている。身長170センチ、体重120キロ。栗えもんなど軽く覆い尽くすその巨体が、バイブモア影の支配者の底知れぬ実力を物語っているのだ。
「あああーー!!西太后!ゆるじでーーー!!」
壁の隅に座り込み、西尻はピクピクと身体を震わせた。しばらくの後、動かなくなった。口からは泡を噴き、目をカッと見開いて、髪は点に向かってつっ立ち、恐怖の表情のまま硬直していた。
「死んだか?」
水上が呟いた。
「いえ、いくらなんでも。気絶してるだけですよ。救急車呼びます?」
「いや、いい。こんな根性無し、このまま捨てておけば自分でどこかへ逃げ帰るだろう。おお!そうだ!田舎へ逃げ帰ればいいんだ、こんな奴」
水上が西尻の頭を靴の裏で蹴った。硬直した西尻は、石膏で出来た彫像のように形を崩さずそのまま横倒しに倒れた。
「倫子。どうしたもんかのーーー」
水上が昔のヤクザ映画シリーズで見た広島ヤクザの口調になった。
「やるか、やられるかじゃのー。仁義は無用の戦じゃ」
「乙姫のタマ、わしに取らせてくんさい」
「おお、頼もしいの倫。だがな、乙姫はおなごじゃ。玉はないんじゃ」
「穴ですな」
「穴は取るもんじゃ無く、入れるもんじゃ」
「たしかに!」
さすが水上社長だと倫子は感心した。倫子は、う~んっと悩んだ後、ポンッと手を叩き
「兄貴、いい手がありやす」
と目を輝かせた。
「相棒に任せてくんさい」
「相棒?ってーと、先日連れてきた二枚目の兄さんかい?」
倫子はこくりと大きく頷(うなず)くと、
「万事お任せを!」
と自信に満ちた表情で胸に手を当てた。水上はその勢いに気圧(けお)されたのか
「お、おおおうおう」
と曖昧な返事をした。が、それが為に主導権は完全に倫子に渡っていた。
「乙姫に一泡吹かせてやりましょう!」
倫子は、不安げな表情をする水上の肩をニッコリしながらニ・三度ポンポンっと叩いた。
(つづく)