北極30えもん33 | biko先生のマネー奮闘記

北極30えもん33

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「第三話 激烈!M&A合戦」その8
真夜中だと言うのに、倫子はオナニーを始めた。思えば久しぶりである。ストレスの溜まる職業柄のせいか、アパートで一人になるとオナニー三昧だった。それは恋人やセックスもする男友達が居る時期も同じで、彼らとのセックスだけではストレス解消には全く不足だったのだ。それが、北極30えもんが来てからというもの、どうやら心身ともに満たされていたらしい。オナニーのことなどすっかり忘れていた。
指を使いながら倫子はとめどなく涙が零れた。何度もしゃくりあげながら、それでも指の動きを止めなかったのは、このまま頂点を迎えられなければ一生、北極30えもんのことを忘れられなくなってしまいそうだったからだ。
どんな男と別れようとオナニーは別物。とてつもなく嫌な別れ方をした時でも、オナニーをしていった後は思わず笑みがこぼれたものだ。だから今日も自分の指で気持ち良くならなければいけない。それでさっぱり北極30えもんとの思い出が消えるに違いない。
こすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこす
ぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅ
『駄目だ!』
擦ったり、捏ねたり、色んな工夫をしてみたり、様々な淫らな場面を思い出してみたりした。以前、付き合っていた男性と行ったラブホテルで見た白人達の乱交パーティーのアダルトビデオまで思い出したりしてみたが、一向に粘膜は湿ってこなかった。
それもその筈。甘い気分になれないのだ。いいや本当は違う。北極30えもんとの抱擁を思い出しそうになると、一気に心が熔け始め粘膜も粘り始める。しかし、それでは元も子もない。慌てて首を左右に振り、脳内に浮かぶ北極30えもんの優しい笑顔を振り払った。
小一時間もそんなことを繰り返し、その間にテレビで何かエロチックな番組をやってないかしら、とか雑誌にエッチな話題が載ってなかったか、など部屋の明かりを何度か付けたり消したりして快楽のネタを探し回ったが、こういう時に限って見つからないものだった。
そろそろあそこもヒリヒリし始めた。倫子は絶望の淵に立たされた者のように、意思を失った目で呆然と宙を見つめ、指の動きを止めた。もはや涙も出なかった。このまま永遠に快楽とは無縁の人生を送るような予感さえした。窓の外に目を向けると、真っ黒な闇のしじまにビル群の明かりだけが煌々と輝いていた。
どれだけそうして眺めていただろう、徐々にしじまが破られ、街の呼吸が僅(わず)かずつ聞こえ始めた。明かりが薄ぼんやりとぼやけ出し、それとともに真っ暗な空が青みを帯びてきた。青みの中に黒や灰色の絵の具を落としたような色は、暗闇の中に隠れていた雲達らしい。その雲の色が白み始めた頃、空の青さは一層くっきりとし、既にしじまなどというものは遥か彼方に消し飛ぶ。
何時の間にか朝になったのだ。時計を見るとあと数分で5時になる。いつもならあともう一時間は熟睡しているところだったが、今日はもう眠る気にはなれないし、目を瞑っても眠りに入ることは出来ないだろう。

それから何日が経ったのだろう?死霊のように魂の抜け落ちた身体で過ごした数日は、何十年もの時を経たようでもあり、またまだ一日くらいしか経っていないような気もした。いずれにせよ何度かの夜が訪れ、その度に永遠の闇に支配されたかと思ったのだが、それも束の間、また太陽が間抜けなまでの陽気な顔で光を降り注いだ。そんな日々が繰り返され、いつしか倫子が期待した通り、記憶が風化し始めた。

いつからか倫子は早起きになっていた。その日も、まだ六時までは幾らか時間があるというのに倫子はベッドから腰を上げ、シャワー室に向かった。少し早いがシャワーを浴びて出勤する準備を始めよう、と思った。姿見に映った自分の姿を見る。そこには妙に醒めた自分の自分がいた。
「もう大丈夫ね倫子。また一つ終わっただけ」
と鏡の中の自分に声を掛けてみた。するとそこに映った自分が微笑み返してきたように見えた。
シャワー室に入り、いつもと変わらない手際の良さで身体を洗う。もともと倫子は出来る女。美人でエリートなのだ。すっかり身体を洗い、髪も洗い終わるとシャワー室の扉のすぐ際に置いたバスタオルを取った。髪をほぐすように拭い、ついで身体を拭いた。いつも変わらぬ手順である。そうしているうち台所から
とんとん
という俎板の上で包丁を使う音が聞こえて来た。以前、北極が居た時に毎朝聞いた音である。
とんとん とんとん とんとん とんとん
北極30えもんが居なくなって今、そんな小気味良い音ももはや聞かれない。
とんとん とんとん とんとん とんとん
ん?
ってこれは何の音?と倫子は脱衣場から台所に走った。アパートだから二・三歩進めば見えるのだが、倫子にはその二・三歩がとてつもなく遠かった。遠いと言うより、海の中を行くように身体が重く、どれだけもがいたらそこまで辿り着けるのか想像も出来ないほどだった。何度も何度も手足をばたつかせ、海の水のように重い空気を掻き分けてそこまで辿り着くと、そこには変わらぬ時間が待っていた。
「ああ、倫子さん。おはようございます。今日はお早いですね」
一瞬、その北極の姿は幻のように倫子の瞳の中で溶け出し、胡散霧散しそうになったが、倫子は持てる全ての力を振り絞ってそんな北極の姿をもう一度繋ぎ合わせた。それは超能力だったのかもしれない。
「どうしたんですか倫子さん」
北極は泣きじゃくりながら抱きつく倫子を見て驚いた様子だった。
「ほんとに、ほんとに居るのね。本当に帰ってきてくれたのね!」
倫子は叫びながら北極の胸といい胴といい、身体のそこかしこをその存在を確かめるように、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「苦しいですよ倫子さん。帰ってきたって故障を直しに未来に帰ってただけじゃないですか」
と北極が笑った。
「ちゃんと言っていきなさいよー!心配しちゃったじゃない!!」
「え?言いましたよ。ああ、シャワーを浴びてて聞こえなかったのかな?」
倫子は北極の首にしがみ付き、唇といい舌といい頬といい辺り構わず吸い付いた。北極はひーひー言って逃げ回ったが倫子は許さない。
「いい?罰として今晩セックス三昧よ!」
と言って倫子は北極のあばら骨が折れるほど胴体を抱き締めた。
(つづく)