北極30えもん32 | biko先生のマネー奮闘記

北極30えもん32

「第三話 激烈!M&A合戦」その7
『○えもーーんん。ぼく、もう悪いことしないよ。それからもう君に頼らない。いじめっ子のパイヤンにだって自分一人で立ち向かう。だから、帰らないでーーーーーーー』
『ご免ね。倫太くん。どうしてももう帰らなくちゃいけないんだ』
『なんで?どうして?What?Hou Much?』
『お金では解決出来ないんだよ』
『なんで帰っちゃうのーーー?』
『それはね』
『それは?』
『君が法律を破ったからなんだよーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
ああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ
悪い夢から目覚める時はいつも、時空の果てに転落する光景を見るものだ。そんなラストシーンの後、現実は蘇る。
倫子が目を醒ました時、まだ空は漆黒の闇のごとく無を湛えるような色に染まっていた。そのすぐ下は眠りを知らない都市の明かりが煌々とした輝きを、誰に遠慮することも無く四方八方に放射し続けている。そんな無遠慮な光もブラックホールのごとき天空の底までは届かないらしく、照らしても照らしても無限に明かりは吸収され尽くされてしまうかのようだ。倫子はカーテンを開けたままの窓から、そんな空を眺めていた。
無用心と言われても倫子はずっとカーテンを開けたまま眠るのが趣味なのだ。物心付いた頃から必ずベッドは窓際に置き、カーテンを開け、空を眺めながら眠った。晴れの日は星を数えながら、雨の日はその漆黒の向こうの世界をあれこれ想像しながら眠りについたものだ。それは大人になった今も変わらない。そんな習慣が、北極30えもんと巡り合わせてくれたのかもしれない。倫子にとって夜の窓は、不思議な世界の入り口だったのに違いない。そこから北極30えもんが現れたのは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。
ベッドで上体を起こし、辺りを見回す。眠りの中ですっかり闇に慣れていた目は、真っ暗な部屋の中を良く見回せた。やはりいない。いないのだ。
昨日の一件からしばらくの後、それは夜、社からこのアパートに着いた時である。北極30えもんは姿を消した。あまりに唐突な消え方なのでふざけているのかと思ったが、何度呼んでも返事は返ってこない。寝る時間になっても帰っては来なかった。思えば
「時空保護法」
という葉を口に下途端、突然元気が無くなり何を聞いても上の空で、社を出てアパートに帰る電車の中でも一人ぶつぶつ念仏を唱えるような独り言を言っていた。そしてアパートに着くや
「お世話になりました」
と一言言うと突然、姿を消した。トイレに入っていた倫子が居間に来た時は既に彼の姿は無く、ただ窓が開け放たれ外から吹き込む風にカーテンが波打っていた。どうやら「時空保護法」という法律が原因らしい。
倫子は、そんなSFチックな名前の法律が未来には本当に出来るのだろうか?と首を傾げた。ファイナンシャル・コンサルタントという、毎日がお金まみれの生活をしている倫子には、そんな未来のことなど想像したこともなかった。そんな未来どころか、夢のような未来も、恐るべき未来も、どんな未来も、未来という未来の何もかもを想像したことも無かった。ファイナンシャル・コンサルタントという職業柄だからだろうか?それとも時代がそうさせるのか?良くも悪くも今この時、この瞬間を如何に生きるか。いや「生きるか」などという哲学的な考えすらこれぽっちも無い。ただ、目の前にある瞬間瞬間でどれだけ勝ち続けるか、ただそれだけで生きてきたようなものだ。そんな倫子の価値観からすれば、北極30えもんの未来に関する知識を仕事に利用することなど至極当然のことではないか。しかし、北極30えもんの、いや北極30えもんを創った未来人たちの価値観は別のところにあるらしい。
『あーあ。北極との薔薇色の未来を思い描いていたのに』
と倫子は溜息を付いた。
倫子の計画では、北極30えもんの未来の知識を利用、いや北極30えもんの価値観からすると悪用して、大儲け→一生掛かっても使え切れないだけの金を溜める→どこか南国へでも二人で移住して毎日ゴルフ三昧、カジノ三昧→つまり一生遊んで暮らそう、とまで考えていた。すべての計画がパーだ。
それも「時空保護法」という訳の分からない法律なんぞを律儀に北極が守ろうとするからである。女は自分の幸せより社会のルールを優先する男は大嫌いである。自分の為に法律を破ってくれる位の男でなきゃ付き合っても損なだけだ。
『しかし』
と倫子は考えた。
『損でもいいから北極ーーーっ、帰ってきてよーーーー!!』
倫子は泣いていた。
(つづく)