北極30えもん29 | biko先生のマネー奮闘記

北極30えもん29

「第三話 激烈!M&A合戦」その4
「トゥルコーすなわち鶴原亀一郎は今や当代最高のアダルトコメンテーターに上り詰めたが、その一歩は容易ならぬものだった。今から25年余以前のことだ。プティテレビ金曜深夜帯バラエティー番組の司会から彼はスタートしたのだ。お笑い、お涙頂戴、芸能人の追っかけ、考えられるあらゆる企画をやっては失敗の繰り返し。ついに当時としては禁じ手と言われていたエログロコーナーを開始した。二十歳女性の処女率80%だった当時は成功しても失敗しても首は間違い無しだった筈だ。それが、驚異的な人気を呼んだ。驚くことに土曜の夜というのにゴールデンタイムの巨チン軍の試合並に視聴率が高かったのだ」
水上は当時を思い出すように宙に視線を泳がせた。彼の語りを西尻が引き継ぐように話し出した。
「われわれの世代は、まさにトゥルコー世代と言える。深夜帯とはいえ公共放送に、当時の日拓ロマンポルノ顔負けの内容を放送した彼はまさに革命児だったと言える。チェ・ゲバラは死に、学園紛争など遠い過去となった我々世代にとってトゥルコーこそが革命のカリスマだったのだ」
うーんん、多分、この二人は当時、中学生くらいだろうか。トゥルコーの番組を夜中に親の目を盗みながらこっそり見て、オナニー三昧だったに違いない、と倫子は思った。
「その皆さんの憧れのトゥルコーさんを栗えもんは狙っていると?」
「そう!そのとおり!さすが倫ちゃんすばらしい!」
ここまで執拗にトゥルコーの話をされれば普通それ以外考えられないだろ、と倫子は思った。それに何時の間にか「倫ちゃん」と馴れ馴れしく呼ばれていることの方が気になった。
「実はわれわれも狙ってたのだが、栗えもんに先を越されたのだ」
「え!?あ!そういえば社長ってしばらく前にヌッポン放送株を立会外取引で大量に買ってましたよね!」
「ううっ、気付いていたか」
「気付いていたかって、夕刊フニに載ってましたよ」
「ううっ、たしかに。あんな新聞誰も読まないかと思ってたのに」
「日本産業新聞にも載ってましたよ」
「ううっ、あの新聞こそ最終面の連載小説「愛のあーしたりこーしたり」しかみんな読まないもんだと思ってた」
「で、そんな卑怯な手口使っといて、何でこーなっちゃったんです?」
「卑怯とは失礼な!法の網の目をくぐったと言いなさいよ。まあそれはともかく、実は栗えもんも仲間だったんだ。われわれは三人でヌッポン放送をそしてプティテレビを買収するつもりだった。それをこいつが」
そう言って水上は西尻の顔を見た。
「え?ええ??僕ですか?僕?僕のせい?」
突如、西尻は取り乱した。
「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼっぼぼぼ僕だけじゃないじゃないかー!水上さんだってーーーー!」
それを遮るように水上が口を開いた。
「先週、ここ六本木ピラーズのテナント組合の温泉旅行があった。ビルオーナーの杜ビルさん主催の旅行で、行き返りのバスから旅館の部屋まで綺麗どころのレースクイーンがマンツーマンで上から下まで接待してくれる最高のものだった。その席でこいつが調子に乗って」
「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ僕のせいだっていうんですかーーーー」
「風呂に入った時、こいつが栗えもんに向かって『やーい!皮被りー』と叫んだ」
「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ僕だけじゃじゃじゃじゃじゃ」
「接待用のレースクイーンが混浴で入っていたのだ。彼女たちに向かって『皮被りの好きな人ー!手を上げてーーー!!』こともあろうに挙手を求めた。結果は見ずとも明白!誰一人として挙手するどころか、蔑(さげす)むような笑いを浮かべたまま、全員が俯(うつむ)いた」
「ぼぼぼぼぼぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっぼっ」
「『はははっはは、栗えもんの皮被りーーー!』とこいつは叫んだ。その瞬間、三人の提携関係は崩れ去った。栗えもんは泣きながら風呂場から飛び出していったのだ」
「ぼぼぼぼおぼおぼおぼおぼぱぱぱぱぱぱぱっぱぱ」
「その結果がこれだ。栗えもんはわれわれに宣戦布告をしたのだ。全部、こいつのせいだ!」
「えーーん、えーーん、えーーん、えーーん」
西尻は泣き出した。
それにしても凄まじいほどに個人的な話だ。とても仕事の話とは思えない。
『ただの喧嘩なんだから、仲直りすればいいんじゃない?』
と倫子は思った。
「わが国の経済史を塗り替えるM&A闘争が始まったのだ!全面戦争だ!どちらかが死ぬまで戦う!」
水上は開戦を宣言した。
それに付き合わされる方は大変だぞおい、と倫子はうんざりした。